2025年,始動!

生徒,保護者の皆様,あけましておめでとうございます.

今年度も,どうぞ,よろしくお願いいたします.

当塾では,昨日より無事,新年度の授業を開始しました.

しばらくブログを更新していませんでしたが,私自身はいたって元気です.例年同様,今年も高校3年生が複数在籍していますが,全員,国内の大学への進学を希望しています.また,今年の特徴としては,全員が文系ということもあり,志望大学・学部のすべてで英語の配点が高く設定されています.指導する側としても,非常にやりがいを感じています.コロナ禍以降,現役高校生の海外留学希望者はほぼいなくなり残念ですが,そこは,本人たちの意向を尊重したいと思います.

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ブログを更新しない言い訳になりますが,2024年は本当に忙しかったというのが率直な感想です.ただし,先ほど述べましたように,志望校別の過去問分析や添削等,生徒ひとりひとりの対応に,過去にないほど時間を割くことができ,充実した1年間でした.普段は生徒に「一体,何回模擬試験を受けるの?」,「与えられた事ばかりに時間を割かず,書店に足を運んだりTEDを観たりしなさい」と言っているのですが,気がつけば,自分が一番仕事人間になっていることに気付かされました.

過去1年間,特に難関学部向けの過去問や英文素材を使って指導を続けてきましたが,すべての生徒で実力が大きく向上してきたと感じています.以前は,砂を噛むような思いで英文を読んでいたであろう生徒や,一読しても「何が書いてあるのかさっぱりわかりません」という素直な感想を口にしていた生徒が,最近は,自分の言葉で必死に説明しようとする姿勢が身についてきたようです.

当塾は「1対1の個人授業」のため,こちらの解説を静かにだまって聞くだけということはありません.毎回の授業では,生徒に対して英文和訳や和文英訳,ライティング,リーズニングその他,必ず口頭での説明を求めます.これは,これまでの指導経験から,自分の解答は自分で説明できて初めて自分のものになると考えているからです.

また,生徒にとっては目の前の入試に合格することがすべてですが,授業では常に「大学入学後」のことを念頭に置いて指導を行っています.「共通テスト」の問題傾向など,細かなことを気にする気持ちは理解できますが,「1体1の対話」を地道に続けることで,ゼミでの研究発表などで求められる分析力や発信力は自然と身につきます.ちなみに当塾では「(問題を)解く」という言葉は厳禁です.なぜなら英語は「読み解く」ものだという価値観が大切だと考えているからです.「解き方」にこだわる前に,まずは目の前の英文を正しく読めるようになりましょう.

「1対1の対話」を通して学んだことは,たとえ目に見えなくても,確実に脳内・体内に蓄積されていきます.偏差値や合格可能性等,「数値優先」の傾向が(公教育を含めて)強い教育界であるからこそこそ,当塾では,今後も「価値」(自分が大学で何を学びたいのか,なぜその大学・学部に行きたいのか真剣に考える姿勢)を中心に据えて授業を進めていきます.

2023年が無事終了.1年間ありがとうございます.

時間が過ぎるのは早く,まもなく2023年が終了します.
縁あって当塾で授業を受講してくださっている生徒,そして生徒の送迎その他,日頃から応援してくださっている保護者の皆様方に,心よりお礼を申し上げます.

当塾は,富山ではほぼ唯一といってよい,マンツーマン指導による高校生専門の英語塾です.2012年の後半から授業を開始し,2023年で約11年間,これまでに高校生を中心に(+中学生・社会人)多くの方々に授業を受講していただきました.来年2024年は12年目となります.

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ふだん富山で指導していると,最近では高校生との間で価値観の相違に悩むことも多く,自分自身が浦島太郎や異星人のように感じられることもあります.一方で,生徒が皆一様に性格が温厚で優しいこともあり,彼らに助けられながら(笑)ここまで続けることができてきたのではないかとも思います.

長年(30年以上),英語講師(時には通訳・翻訳者)として教育業界の片隅に身を置いてきましたが,国際的にはウクライナやパレスチナに見られる国際政治のレベルでの悲劇的な紛争,国内的には共通テストへの移行に見られる大学入試制度の変更等,ここ数年は特に変化が大きいと感じます.表面的な部分で対応しようとすると変化が持つ速度に追いつかない印象です.

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指導を支えているのは,毎回欠かさず授業を受講してくれる生徒の熱意もさることながら,もしかすると私自身が学生時代に指導教官から受けた教えの中にもあるのかもしれません.学生時代の恩師(日本人.専門は国際政治学)は例えて言うならば,J.S.ミル(J.S. Mill,19世紀英国の政治学者)のような人で(ミルには会ったことはありませんが…),教授との「一対一の個人指導」は,毎回,緊張で胃が痛かったことを覚えています.

指導スタイルは,細かな部分には深入りせず,常に「本質的な部分」に目を向けるよう,誘導してくれたように思います.「なぜこのテーマを選ぶのか」,「このテーマが持つ意義は何か」,「君が言いたいことは何か」等,シンプルな言い方ですが,こちらの目を正面から見据え,常にストレートに切り込んで来ます.

当塾の生徒は高校生であり,大学生・大学院生の指導とは異なります.しかし,彼ら・彼女らも近い将来,大学生になります.当然ですが,私が学生だった時代とは表面的には価値観が異なります.ただし,当塾ではこれまでも,そして今後も「本質的な部分」に目を向け,模索しながら,生徒との「一対一の対話」を愚直に続けていきたいと思います.

ピンチはチャンス:今回の危機は自分の学びを再考する貴重な機会です.

コロナ・ウィルスの影響により,富山県内でも学校の休校が続いています.
このような状況下では,テレビ報道の影響もあり,学習が遅れたり運動不足で生活が不規則になる等,マイナス面ばかりに目がいきがちです.

幸いなことに,当塾は個人授業のため,授業形式を「対面授業」から「Skype授業」に変更した以外は,これまでとなんら変わることなく授業を進めることができています.

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毎回の授業では,1週間の生活・学習状況についてその都度確認することができますが,そこから判断する限り,生徒たちも比較的規則的に生活できているようです.

そのような中,生徒たちには以下のことを話しています.つまり,今回のようなパンデミックは大人も含めてほとんどの人が未経験であり,今人類は,世界が大きく変わる変革の時代にいるということです.

歴史を見ればわかるとおり,戦争や地震等,多くの場合,変化は悲劇と共にやってきます.これは悲しいことではありますが,人間の歴史というのはそういうものです.

高校2,3年生にもなれば,多少世の中のことも見えてくるはずですし,またそうでなくてはなりません.このようなときに,しかも2ヶ月近くにわたって学校の授業がないというこの時期に,自分の内面と対話し,どのように過ごすか考えてみること,そのための自由が得られたことは,逆説的ですが,貴重な機会を与えられたと捉えることも可能ではないでしょうか.

学校からは,相変わらず,ドリルやプリント中心の学習をするよう指示されているようです.このような学習については,以前にも増して,生徒からの不満を耳にするようになっています.すなわち,このような「ドリル作業」には多くの時間がとられることから,高度な学習や読書の時間が十分にとれないという不満です.例えば,すでに英検準1級を取得しているにもかかわらず,ドリルやプリントを提出しなければならない,もっと高度な英文を読みたい,世界のことを知りたいという強い思いがあるのに,そのための時間がとれないというという悩みです.

そのような生徒たちには,プリントやドリルを使った機械的な「作業」は早々に済ませ,教科書その他の英文をじっくり読み「自分の頭で物事を考える学びの時間」をつくるようアドバイスをしています.例えば,高校3年生の教科書は大変優れており,高校生だけに読ませるにはもったいない内容です(社会人の英検受験者にも購入を勧めています).富山市内の一部の高校で採用されているUnicorn 3 English Communicationは素晴らしいですね.過去に世界で話題になった著作からの抜粋が収められており,一部はTEDで著者のスピーチを見ることも可能です(例えば,Lesson 9: The Power of Introverts by Susan Cain),

また,一部の生徒の授業では,英検1級の読解問題に加えて科学雑誌ScienceThe New York Timesのエッセイ,さらにはコロナ・ウィルスに関する最新情報を一緒に読んでいます.実力と向上心を兼ね備えた高校生であれば,このような一流紙レベルの英文を読み,自分でコメントを作成するレベルまで力をつけることは十分可能です.参考までに付け加えると,一部の大学や学部の入試では,このような海外一流雑誌からの出題は当たり前です.

当塾では,今回の休校期間中に,5冊から10冊程度本を選んで目を通すこと,数本の洋画やTEDを観ること,洋楽を聴き,生の英語を堪能するよう指示しています.生徒たちの反応は上々であり,皆学校のプリント作業は早々に済ませ,自分なりの「学び」を堪能しています.志が高い生徒の場合,大人たちの心配は杞憂です.すべてを管理するのではなく,生徒を信じて時間を与え,「自分で考えて学習・探求しなさい.疑問点があれば聞きに来なさい」とアドバイスすることも,時には大切な教育であるように思います.

英語の「音」について – カタカナ英語を例に

日本語はカタカナという独特の文字群・音韻体系を持っています。
いうまでもなく、カタカナは、英語をはじめとする外来語を日本語の文字・音韻体系に組み込む上で重要な役割を果たしています。

今までも日本語は、大量の外来語を日本語に取り込んできましたが、特に近年インターネットが普及したことで、この傾向にさらに拍車がかかっています。

一方で、ふだん英語を教えていると、和製英語が今まで以上に若年層に浸透することで、英語が本来持っている「音」に対する新鮮な驚きが希薄化したり、そのことに無自覚になったりしないかと心配になることがあります。

つまり、本格的に英語を学び始める前に、完全に日本語化された大量のカタカナ英語にさらされているため、子供たちがカタカナ英語の発音が本来の正しい発音なのではないか、さらにはカタカナ英語の発音でもいいではないかと安易に妥協することにつながらないかという心配です(個人的には、若年層で洋楽を聴く割合が減ってきていることも多少影響しているのではないかと考えています)。

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例えば、”Twitter”はカタカナ表記すると「ツイッター」ですが、標準的なアメリカ英語の発音規則に照らして言えば、単語の前半部分の”Twi”は厳密にはカタカナでの表記が不可能な音です。後半部分の”tter”も同様です。

言葉の根幹に「音」がある以上、外国語学習で音の分析と習得・訓練は欠かせません。しかし現実には、特に学校や予備校などの大教室では、リスニング対策を除き、「音」に対する指導・配慮が十分になされているとは言えません。

普通の日本人が完璧な発音を習得することは難しいでしょう。また、小さな間違いを気にせずに積極的にコミュニケーションをとることはとても大切です。しかし当然ですが、聴く側であるネイティブ・スピーカーにとっても許容できる範囲があります。たとえば、”rice”と”lice”、”very”と”belly”など、非ネイティブ・スピーカーの「音」が彼らの基準から著しく逸脱していると、コミュニケーションにも支障が生じます。

個人的な経験で言えば、ネイティブ・スピーカーは日本人が一般に思っている以上に「音」に敏感であり、英語本来の「音感」を大切にしているように思えます。そしてこれは、一部の日本人がいう「ペラペラ」とは異なる基準に基づいている気がします。

以上の観点から、当アカデミーでは、高校や大学受験生であっても文法や構文解析以外に、強勢や抑揚を含め、発音・発声の訓練を細かく行います。これは、教育には訓練の要素が一定程度必要だと考えるからでもあります。英語と日本語とでは音の出し方が大きく異なるため、受講者の皆さんは授業の後でくたくたになります。

正しい音を意識すること、それらの音に近づこうと努力することは、相手の言語文化を尊重することにもつながります。学習段階で「音」に配慮することで、いずれは経験するであろう異文化間コミュニケーションをよりスムーズに行うことができるのではないかと考えます。

仕組み化する

何でもそうですが、自分が目指す分野で力を付けたり、目標を達成するには、学習方法を「仕組み化する」ことが大切です。

英語の場合、学習方法を「仕組み化する」ことで学習効率が大きくアップします。つまり、余計な手間を省き、学習そのものに集中できるということです。

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そうはいっても、そもそもどのように学習計画を立てたらよいかわからないという人も多いことでしょう。大切なのは、「誰にとっても必要な学習」と「自分にとって必要な学習」をバランスよく組み合わせることですが、そもそも自分に何が必要なのかがわからないということがよくあります。

また、自分では計画を立てたつもりでも、客観的にみると、特定のことに偏っていたりといったことがよくあります。たとえば、リスニングが好きな人、得意な人は、文法やリーディングの学習がおろそかになりがちです。また、リーディングにしても、自分が興味のある文章であれば読む気になるけれども、興味のない分野は読む気にならないということがあります。

初級・中級レベルでは、これらのバランスを自分で見極めることはむずかしいように思います。英語力は総合力ですから、リスニングなど音声中心の学習から開始する場合でも、グラマーやリーディングの学習・トレーニングもバランスよく取り入れる必要があります。

当アカデミーでは、自宅学習も含め、一人一人に対して細かい学習計画を立てて皆さんをサポートしています。

一人一人と向き合う

夏休みも後半に入りました。受験生の中には、予備校の大教室に通ったという人もいるでしょう。予備校には多くの受験生が集まりますから、緊張感を維持するには適しています。また、自分で学習スケジュールを立てることができる人や、弱点を客観的に見定め、一人で対策を練ることができる人には向いていると思います。

しかし、大教室の授業に不満を感じた人も中にはいるのではないでしょうか。予備校の大教室で手を上げて質問するには勇気がいります。授業後に講師に聞きに行くにも精神的な負担が伴います。また、そもそもどのように学習計画を立ててよいのかわからないという人もいることでしょう。

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当アカデミーでは、原則として1対1で授業を行います。1コマの授業時間は70分です。受講者は70分間休む暇がありません。音読で口を動かしているか、ディクテーションで手を動かしているか、長文と格闘しているか、講師の矢継ぎ早の質問に必死に答えようとしているか、人により様々ですが、この70分間は自分だけの時間です。

これが大教室の授業だったらどうなるでしょうか。70分のうち、いったいどれだけの時間を自分で占有できるでしょうか。自分がわからないこと、自分にとって必要なことを本当に遠慮なく確認できるでしょうか。

大学受験の場合、こういうことがあります。本人は英語の力を伸ばしたいと思っています。ところがカウンセリングを行うと、英語と同時に、あるいはそれ以上に国語の力が不足している、ということがあります。特に、読書経験が少なかったり、勉強イコール暗記という単純な図式で乗り切ろうとしてきたために、長文や記述式の問題になると太刀打ちできないのです。そのような受験生には、英語以外に現代文(国語)などの学習についても指導・アドバイスすることで、総合的な言語能力の増強を図るようサポートする必要があります。

大学受験で求められるのは総合力ですが、重要なのは学習内容を有機的に結び付けて捉え、なおかつそれらを抽象化・言語化する能力です。一方で、どのようにすればこのような力を身に着けることができるかは一人一人異なります。当アカデミーでは、受講者一人一人と向き合いながら、各自に合った学習プランを立てて、皆さんを応援します。

やはり地道なトレーニングは大切

英語力の向上に、才能はそれほど関係ないと思います。
やはり最後は、どこまで地道なトレーニングを継続できるかだと思います。
一定以上のレベルを維持している人たちというのは、トレーニングの継続が習慣になっている人たちのことです。

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英語を習いたての人、社会人になって英語をやり直したいと考えている人は、トレーニングを継続することの大切さに早い段階で気付く必要があります。

この点で、武道やスポーツをやっている人たちは有利かもしれません。なぜなら、「今週は自宅でシャドーイングを毎日3セットずつやってみましょう」というと、大抵はすんなりとやってくれるからです。また、トレーニングがともすれば単調になりやすいことも自らの経験からわかっています。したがって、慣れてくれば、自分なりに工夫して日々の生活の中にトレーニング・メニューを組み込んでいきます。

一人では三日坊主に終わりそうでも、講師のサポートの下、3か月、半年とトレーニングを継続すれば体が慣れてきます。そのうち、かつては自分で壁と感じていたものを知らないうちに乗り越えていたといった経験もできるでしょう。Across English Academyでは、自宅や職場でトレーニングを継続できるよう、一人一人トレーニング・メニューを作成してみなさんをバックアップします。

「最短距離」の向こう側へ

TOEICを指導していると、よく聞かれます。
「どうすればスコアが上りますか?」とか、「来月までにスコアを上げたいんですが?!」など。

最近では、多くの企業でTOEICがそれこそ知能テストのように扱われる傾向にあるので、社員も必死ということでしょう。
彼らの目的は、早く目標スコアをクリアして本来の業務に専念したいということであり、至極まっとうな要求でもあります。
それに、日本人はどうしても点数にこだわりますがら、社内で点数が良いと、周りから一目置かれることにもなります。

このようなビジネスパーソンの場合は、目標スコアをクリアするまでは短期戦で集中し、クリアした後はTOECのことはいったん忘れて、
英字新聞やペーパーバック(KindleでもOK)を読む習慣を付けたり、リスニングのスクリプトを実際に使ったりして、英語を楽しむ方向にシフトしてほしいと思います。

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中には、900点を取らないと気が済まないと考えている方もいらっしゃいますが、その場合も、半年なり1年なりといった期限を設けて取り組む、TOEICの問題をひたすら解き続けるといった味気のないトレーニングを避けるなど、配慮が必要です。また、1年掛けて英語をブラッシュアップさせる場合、TOEICの問題以外に、やはり英字新聞やペーパーバックの多読を盛り込むことをお勧めします。

大人になれば、時間は貴重な資産であり、しかもそれが有限であることに気付きます。スコアアップは大切ですが、限られた時間の中、自分の精神や知性を深めてくれるような英文に触れることも大切だと思いますがいかがでしょうか。つまり、英語を単なるツールと割り切らないスタンスもありだということです。それに、そもそも、ネイティブスピーカーは日本人ほどTOEICのスコアを気にしていないことを知っておくのも良いかもしれません。

英語の凹凸

TOEICのリスニング問題は、4カ国のナレーターの英語音声で録音されています。日本人にとって一番なじみがあるのはアメリカ英語でしょう。

そしてそのアメリカ英語ですが、一般的には中西部の英語(というよりは米語)が標準であるとされています。しかし、アメリカに滞在したことがある人はわかると思いますが、日常生活でこの標準米語に接する割合は、特にワシントンDCやニューヨークのような都市部ではそれほど高くないかもしれません。

大学や大学院の先生たちは、非常にきれいな米語を、しかもゆっくりと話す人が多いという印象を受けます。
しかし、一歩キャンパスの外へ出ると、そこには実に雑多な英語が待ち受けています。特にワシントンDCはアフリカ系の人が多いので、普通にダウンタウンを歩いていたり、地下鉄に乗っていたりすると、ラップのような英語が聞こえてきます。

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ここで気になるのは、標準米語を自認するようなアメリカ人にとって、彼らが許容できる英語はどこまでかという問題です。
國弘正雄先生は、『英語の話しかた―国際英語のすすめ』の中で、アメリカ人の航空管制官の例を挙げて、様々な国籍のパイロットが話す英語を理解しなければならない大変さについて触れておられます。つまり、国際化やグローバル化というのは、ほかならぬアメリカ人にとっても一定の負担を強いているということです。

常識的に考えれば、標準米語から著しく逸脱した英語を話す人とやり取りすることは、アメリカ人にとって大きなストレスになることは容易に想像できるのですが、非ネイティブが標準米語を話すことは当然ながら完璧には期待できません。でも、会話という音声を媒体にしてやり取りする際に、意思の疎通が可能か否かを、彼らアメリカ人がどこかで無意識に区別しているような印象を受けます。

もしかすると、ここに、ネイティブとやり取りする際に気を付けておくべき発音上のポイントがあるのかもしれません。