英語力をつけたい高校生は辞書を使ってボキャビルしましょう

夏休みが終わり,中高生は普段の学校・学習生活に戻りました.
それにしても今年は忙しい夏でした.通常授業以外に集中授業の申込者が増えたのと,プライベートで用事が絶えなかったため,特に8月中は息つく暇もありませんでした.

さて,今年の集中授業は,受講者のタイプに特徴がありました.具体的には,中学生で実用英検の上位級を目指すケースが大きく増加しました.今年,集中授業に参加した生徒は全て,準1級または1級の志望者です.彼ら・彼女らは全て2級・準1級を取得済みのため,当然ですが次の目標は準1級・1級になります.中には,普段は海外(英語圏)に在住しており,帰国時のタイミングに合わせて姉妹で授業に参加してくれた生徒もいます.皆モチベーションが高く,張り合いのある授業ができたと思います.

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そのような意識の高い生徒たちですが,彼らを見ていて気付いたことがあります.それは,ほとんどの生徒が辞書を上手に使いこなせていないということです.もちろんこれは彼らに限ったことではありませんが,実力のある彼らですらそうなのですから,普通レベルの生徒については推して知るべきです.

当塾では,中学・高校入学に合わせて一人一人辞書選定のアドバイスを行なっています.実は,今年は新高一年生が一定数いたことから,どの辞書を購入するか,生徒と一緒に考えるつもりでいました.ところが,高校入学後の最初の授業で,複数の生徒がG5 (ジーニアス第5版) を持参したのには驚きました.なんでも学校指定テキストのセットを本屋に買いに行ったらG5が入っていたとのことです.

辞書は靴や衣服と同じです.靴や衣服は成長に合わせて買い換えますが,こと辞書についてはこのような基本事項が必ずしも常識とは考えられていないようです.成長期の子供に大人の衣服を与えることが適切とはいえないのと同様に,辞書の使い方を身につけていない生徒にいきなりG5のようなハイレベルな辞書を与えることが良いことなのかどうかよく考える必要があると思います.

1. 紙の辞書と電子辞書を上手に使い分ける

世の中で辞書を最も多く使用する人たちはプロの通訳・翻訳者だろうと思います.長年翻訳の世界にも身を置いてきたからわかるのですが,辞書は仕事上の相棒であり,欠かすことはできません.通訳や翻訳の世界ではよく言われることですが,辞書は「お金で買える実力」です(「辞書を信じるは馬鹿,引かぬは大馬鹿」という言葉もあります).私の場合,パソコンに導入する電子辞書を含めると,自腹で購入した辞書は相当な数に上ります(人に譲ってもらったものも含めると100冊近くある).

日本の辞書のレベルは種類,内容,装丁,どれをとっても世界でトップレベルです.電子辞書もしかりです.英語学習者にとっては天国ですが,一方でどれを選んでいいかわからないという人も多いと思います.このような中,理由はわかりませんが,本屋に行けば一番目につくところに置いてあるのはG5,電子辞書に多く搭載されているのもG5という状態です.したがって,高校生の多くは何も考えないままG5を購入し,3年間苦行に近い状態で我慢しながら使うか,電子辞書で単語の意味だけをさっと見てパタンと画面を閉じてしまうことを繰り返します.

当塾では,在籍しているほぼ全ての高校生が電子辞書を所有していることから,紙の辞書はG5ではなく,収録語数が5-7万語レベルで,基本語の見出しが大きく,説明が丁寧になされている辞書を使うよう指示しています.具体的には,まずは収録語数の少ない辞書で基本語を徹底的な反復を通して習得し,その後に,より上位の辞書あるいは電子辞書を併用します.辞書の使い方については授業で説明します.

2. 基本語,特に基本動詞を習得する,しかも意識的・計画的に

当塾では,多くの場合中学在学中から計画的に辞書を使用します.具体的には,学習到達度を見極めた上で基本語,特に「基本動詞」の項目を読み込み,ノートに例文を書き込んでいきます(途中から前置詞や関係詞,接続詞も含む).基本動詞の数は21個としています.基本動詞はいわば英語の「心」であり,ここを体に染み込ませることで後の学習がスムーズに進みます.高3にもなれば,平均レベル以上の高難易度の英文を読ませますが,途中入塾の場合も,まずは辞書を使った基本語の読み込みと書き取りに取り組んでもらいます.このような実践的な学習を想定した場合,G4・G5レベルの辞書は余計な情報が多く不便です.

3. 必修語彙を中心に,辞書の見出しを意識的に読み進める

次の段階では辞書の見出しに記載されている「*」マークを見ながら,ペンでチェックを入れながら意味や例文を読み進めます.普通は1回目は見出しの意味,2回目は英文,3回目は和訳まで含めて目を通します.ちなみに,中学必修語彙は約1,300語,同じく高校必修語彙は約2,500語です.これらの語彙はまさに基本語であり,真っ先に身につけるべき語彙です.多くの高校では入学後に市販の単語集を使うよう指示されますが,当塾ではこのような単語集を使う前に,あるいは並行して上記の作業に取り組みます.早い生徒だと,1ヶ月もかかりません.

4. 辞書に勝る単語集はない

本屋に行けば様々な単語集が所狭しと並んでいます.しかしそれらのいずれも辞書を超えることはできないと思います.基本的に市販の単語集は用途が限られています.英検用であれば英検,大学入試用であれば入試データをもとにしています.これらは基本的に短期間で目的を達成するために使用するものであり,当塾でも英検受験者には『PASS単語』を使うよう指示します.ただし,受験まで一定の時間がある高校生には,まずは腰を据えて辞書に取り組むよう指導します.

英和辞典に限っていえば,それらのほとんどは大学の先生たちが心血を注いで編集し,長い年月を経て受け継がれてきたものです.このため,一時的な流行には流されない安心感があります.大切なのは,何万もの単語が掲載されている辞書の使い方がわかればいいだけの話であり,それは指導者である私の役目だと考えています.

学習英和辞書の比較 -01

代表的な英和辞書3冊、『ジーニアス英和辞典第4版』(2006年)、『ウィズダム英和辞典第3版』(2012年)、『アドバンストフェイバリット英和辞典』(2000年)を比較します。

■「challenge」(動詞)

1.語源・原義

●ジーニアス

【源義:偽りの告訴】

●ウィズダム

記載なし

●アドバンストフェイバリット

【語源「中傷(する)が原義】

2.語義配列

●ジーニアス

①[SVO]<人が><陳述・資格など>に対して (その妥当性を) 問題にする,疑う (question); ・・・に異議を唱える,たてつく; <人>の[~に] 異議を唱える [on]
②[SVOM]<人が><人>に[試合などを]挑む[to];<人・能力など>を試す,<人に>・・・するようにと挑む,・・・する気を促す
③[軍]・・・を誰何する

●ウィズダム

1.<人が><意見・考え方など>について異議を唱える,...を疑問視する;《…について》<人に>異議を唱える《on》;〘~A to do〙A<人>が…することに異議を唱える
2.<人が><人>に挑戦する,<人>と競う;〘~A to do〙A<人>に…するよう挑む[言う];〘~A to do〙A<人>にB<勝負など>を挑む
3.<人・物などが><人など>の能力を試す,<人>をその気にさせる;〘~A to do〙A<人>を…するよう刺激する
4.誰何する.
5.〘法〙<陪審員など>を忌避する.

●アドバンストフェイバリット

①<人に>(・・・を/・・・するように)いどむ,挑戦する.
②<真偽・合法性・正当性などを>問う;・・・に異議を唱える;・・・に釈明[証明]を要求する;・・・を疑う
③<仕事などが><人・能力を>試す;<人の>興味をそそる;<人に>やる気を起こさせる;<意欲を>刺激する.
④<衛兵・警官などが><人を>呼び止める,誰何する
⑤〔法律〕<陪審員を>忌避する;⦅米⦆<投票人に>資格がないと主張する

英英辞書であるか英和辞書であるかを問わず、辞書の語義配列には、大きく分けて「歴史順」と「頻度順」の2種類があります。今回取り上げた辞書はすべて、語義配列が「頻度順」です。

今回取り上げた辞書はすべて頻度順を採用していますが、3冊を比較すると、以下のことが分かります。

■文型表示について

・ジーニアスは、[SVO]などの文型表示が行頭に明記されており、見やすく、大変便利である。

・ウィズダムとアドバンストフェイバリットは、語義の後に文型が記載されており、細かく目で追う作業が必要になる。

■語義について

・アドバンストフェイバリットを除く2冊の第一語義は「異議を唱える」である。

頻度順」の語義配列は、出版された当時の判断に基づいていますから、アドバンストフェイバリットの改訂版が出版される際には、順序が変わる可能性があります。

3.例文

最近の辞書は、世相を反映して、コミュニケーション志向が強く、語法やコロケーションその他の情報が充実しています。一方で、辞書の命は語義と例文の質だという考え方もあります。そこで次に3冊の辞書で使われている例文を見てみることにします。

先に述べたように、アドバンストフェイバリットのみ語義の順序が異なりますが、比較しやすいようにここでは共通する語義である「異議を唱える」(および同一項目内の日本語訳)について見てみます。

●ジーニアス

I didn’t think she was right, so I ~d her.

彼女が正しいと思わなかったので,彼女に異議を唱えた.

~ the juror [array]
〘法〙陪審員[全陪審員]を忌避する.

●ウィズダム

His research challenged traditional beliefs.

彼の研究は伝統的に正しいと信じられていたことに疑問を投げかけた.

We challenged the police to arresthim [on his arrest].

我々は警察が彼を逮捕することに[彼の逮捕について警察に]異議を申し立てた.

●アドバンストフェイバリット

The people challenged the government on its tax policy.

国民は政府の税制に異議を唱えた.

challenge authority [a verdict] 権威[評決]に異議を唱える.

ここでも面白いことが分かります。

1. ジーニアスの第一語義で重要語義は「問題にする」だが、例文の日本語訳は「異議を唱えた」である。

2. ウィズダムの第一語義で重要語義は「について異議を唱える」だが、例文の日本語訳は「疑問を投げかけた」である。

3.アドバンストフェイバリットの第二語義は「に異議を唱える(「問う」との間で重要度の優劣はないと判断)」であり、例文の日本語訳も「に異議を唱える」である。

普通の高校生の感覚だと、ジーニアスの第一語義で重要語義がわざわざ太字で「問題にする」となっているのに、なぜ例文の日本語訳が「問題にする」ではなく「異議を唱えた」なのか、一瞬「あれっ」と思うかも知りません。同辞書の「この辞書の使い方」には、以下の記載があります。

「語義は、説明的な訳は避け、なるべくそのまま訳語として使えるような形で示すようにした。」

太字の「問題にする」は重要語義であり、この語義がそのまま使えるような例文と日本語訳を工夫してほしいという印象です。

ウィズダムはジーニアスとは逆のパターンで語義「について異議を唱える」と例文の日本語訳「疑問を投げかけた」が異なります。

ここでも一瞬「あれっ」と思うのですが、翻訳という視点で見てみると、この「疑問を投げかけた」はジーニアス「問題にする」よりも高度な日本語訳だと思います。ひと手間かけているという印象です。

最後はアドバンストフェイバリットです。この辞書の場合、語義と日本語訳が共に「に異議を唱える」で、完全に同じです。直球勝負という印象です。