留学というと、学位をとるためだとか、語学を学ぶためといった目的がまず第一に頭に浮かぶことでしょう。しかし、実は留学にはもっと大きな意義があります。
それは、留学することが環境をコントロールするための一つの訓練になるということです。
留学を決意したということは、自分の方向性を自分でコントロールする決意をしたということです。
複雑で面倒な手続きも原則自分で処理しなければなりません。
大学院レベルで留学する場合はエッセイの執筆を通して自分と向き合い、英語の論理で志望理由を伝えなければなりません。
自分の環境をコントロールすることが重要なのはよくわかるが、
そうであれば何も留学までしなくても国内で訓練できるのではないかと思うかもしれません。
確かにそうです。しかし国内では、特に地方では「多国籍な環境下で」訓練することはなかなかできません。
この「多国籍な環境下で」という点はやはり重要です。
英語圏の大学や大学院は、授業にもよりますが、基本的には世界中から留学生が集う
多国籍な環境です。
授業では、そのような多国籍な環境下で議論し、時には議長として議論をリードすることが求められます。
短期の語学留学でも、多国籍な環境下に身を置くことに変わりはありません。
そのような中、日本に対する根拠のない批判を耳にすることもあるでしょう。
そういうときに冷静に反論できなければ、
授業をコントロールする主導権を相手にゆだねてしまうことになります。
授業といえども、そこは一つの国際社会なのです。
そして日本人は、国の外交を見ればわかることですが、
この自分に有利になるように自己主張し、環境をコントロールするということが
苦手です。
一方、英国や米国、中国、ロシアなどの国々は、「帝国」という歴史プロセスを経験しているからか、環境をコントロールしようとする行動を潜在意識レベルで、つまりはかなりの程度まで無意識で行っているフシがあります。そして、これが個人レベルの言動にも少なからず表れているように思います。
英語力の向上のみを目的に留学するというのは、あまりにももったいない話です。TOEICなどのスコアに現れない部分で成長を自覚できたならば、留学の成果は大いにあったといえるでしょう。